大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和43年(行ケ)173号 判決

原告

(オランダ国)

シエル・インターナショネイル・リサーチ・マーチッピイ・エヌ・ウイ

右代表者

ヤン・コルフェル・クラマー

右訴訟代理人弁理士

川原田幸

川原田一穂

右訴訟復代理人弁護士

品川澄雄

被告

特許庁長官

三宅幸夫

右指定代理人

井坂実夫

外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

この判決に対する上告のための付加期間を三月と定める。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和四三年七月一九日、同庁昭和三九年審判第二、五一六号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求めた。

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和三六年一月二三日特許庁に対し、名称を「重合されたビニル―芳香族成型用組成物」とする発明について、一九六〇年一月二五日米国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、特許出願をした。この特許出願については、昭和三七年七月三日出願公告があつたところ、同年八月三一日旭化成工業株式会社が特許異議の申立をし、昭和三九年一月二二日拒絶査定を受けた。そこで原告は、昭和三九年五月二一日審判の請求をし、同年審判第二五一六号事件として審理されたが、昭和四三年七月一九日「本件審判の請求は成り立たない」との審決があり、その謄本は同年八月一四日原告に送達された。

二  本願発明の特許請求の範囲の記載

重合ビニル芳香族化合物、好ましくはポリスチレンの一種又はそれ以上約八〇〜九八(重量)をシス―一、四単位を少くとも九〇%好ましくは少くとも九五%含有するポリブタジェン二〜二〇(重量)部と混和し、又は単量体モノービニル芳香族化合物好ましくは単量体スチレン約九〇〜九八(重量)部に於ける前記ポリブタジェン約二〜一〇(重量)部の溶液を重合して相互重合体を製造し、該重合を塊状、懸渇又は混合塊状懸濁法により実施することを特徴とする高耐衝撃性成型組成物の製造方法。

三  本件審決理由の要点

(一)  本願発明の要旨は、明細書の特許請求の範囲に記載のとおりの高耐衝撃性成型組成物の製造方法であるが、これは次のような二つの方法からなるものである。

(1) 重合ビニル芳香族化合物、好ましくはポリスチレンの一種又はそれ以上約八〇〜九八重量部を、シス―一、四単位を少なくとも九〇%、好ましくは少なくとも九五%含有するポリブタジェン二〜二〇重量部と混和することを特徴とする高耐衝撃性成型組成物の製造方法(以下この方法を「混合方法」という。)。

(2) 単量体モノビニル芳香族化合物、好ましくは単量体スチレン約九〇〜九八重量部におけるシス―一、四単位を少なくとも九〇%、好ましくは少なくとも九五%含有するポリブタジェン約二〜一〇重量部の溶液を重合して相互重合体を製造し、該重合を塊状、懸濁又は混合塊状懸濁法により実施することを特徴とする高耐衝撃性成型組成物の製造方法(以下この方法を「共重合方法」という。)。

(二)  ところで、昭和三三年八月三〇日特許庁発行の特公昭三三―七六四四号公報(以下「第一引用例」という。)には、ビニル芳香族重合体を主成文(六〇〜九五重量%)とし、比較的軟いゴム状ブタジェン重合体を副成分(四〇〜五重量%)とする機械的混合物であるところの成型用組成物が記載されており、また、一九五九年発行の「ラバー・ケミストリー・アンド・テクノロジー」第三二巻六一四〜六二七ぺーじ(以下「第二引用例」という。)には、シス配置が九五%の一、四―ポリブタジェンについての記載がある。したがつて、本願発明の混合方法は、第一引用例におけるブタジェン重合体として第二引用例のシス配置が九五%の一、四―ポリブタジェンをあてはめたものに帰着し、これと異る格別の効果を奏するものとは認められないから、第一引用例および第二引用例の各記載にもとづいて容易に発明することができたものと認める。

(三)  前記のように、本願発明の混合方法は特許を受けることができないものであるから、本願発明がこれを含む以上、さらに共重合方法の特許性の有無について審理する必要はない。本件特許出願は拒絶すべきものである。

四  本件審決を取消すべき事由

本件審決は、まず、本願発明の要旨の認定を誤り、本願は二発明を含む一出願二発明の場合であるのに、これを一発明として審理判断したため、二発明に対する拒絶理由を拒絶査定における理由と一部異にするものがあるにかかわらず、この点についての新たな拒絶理由の通知をすることなく、本願二発明をいずれも拒絶すべきものとした違法があり、取消されるべきものである。これを詳説すれば次のとおりである。

まず、本件審決は、本願発明の要旨について、これは二つの方法を含む一発明であると認定したものであるが、審決認定の(1)および(2)の二方法はそれぞれ別個の発明をなすものである。すなわち、両方法は得られる目的物が高耐衝撃性成型組成物である点で共通するにすぎないもので、原料についてみると、混合方法ではポリブタジェンのほか重合体であるビニル芳香族化合物を用いるのに対し、共重合方法ではポリブタジェンのほか単量体であるモノビニル芳香族化合物を用い、処理手段としては、混合方法では混和という物理的手段であるのに対し、共重合方法では共重合という化学的処理であり、目的物は、混合方法では異種の重合体の混合物であるのに対し、共重合方法では相互重合体であつて、両者は構成要件を異にし、これを単一の構成としてとらえることは不可能である。したがつて、本願発明の特許請求の範囲には、混合方法による高耐衝撃性成型組成物の製造方法および共重合法による高耐衝撃性成型組成物の製造方法の二発明が包含されているといわなければならない。しかるに、本件審決は、本願は一発明であつてそのうちに二つの実施方法を包含するものと本願発明の要旨を誤認し、これを前提として、本願発明のうち混合方法は第一引用例および第二引用例から容易に推考しうるとし、共重合方法については、混合方法に特許性がない以上審理する必要がないとしたものである。

ところで、本件特許出願に対する審査の手続で原告に通知された拒絶の理由は、本願発明の混合方法も共重合方法もともに引用例から容易に推考することができるから、特許することができないというものであつた。したがつて、拒絶査定における拒絶理由と本件審決が示した拒絶相当とする理由とは、共重合方法の発明に関するかぎり明らかに異なるものであるから、本件審決をするについては、特許法第一五九条第二項、第五〇条の規定により、原告に対して新たな拒絶理由を通知し、補正の機会を与えるべきものであつた。ところが、本件審決はこの手続を経ないで本願発明をいずれも拒絶すべきものとしたから、違法として取消されるべきものである。

なお、原告は、本願発明のうち混合方法の発明が第一引用例および第二引用例から容易に推考できるという本件審決の認定判断は争わない。また、本願発明が二発明を含むものではなく、二つの実施態様を含む一発明にすぎないとされるときは、本件審決の正当なことを争わない。〈後略〉

理由

一本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の特許請求の範囲の記載および本件審決理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二そこで、まず、本願発明が一発明か二発明かについて検討する。成立に争いのない甲第二号証の五によれば、本願発明の特許請求の範囲が一項に記載されていることが明らかであり、また、原告が本件特許出願についていわゆる併合出願の手続をとつていないことも、成立に争いのない甲第二号証の日から五までの記載に徴して明らかである。そして、本願明細書(甲第二号証の一)によれば、発明の詳細な説明の項に、「この発明の本質的な特徴は高シス―一、四―含量を有するポリブタジェンの使用に存する。一般に、シス―一、四―含量は九〇%以上、望ましくは九五%以上である。」(四頁一六行から一九行まで)と記載されており、また、その使用手段について、「この発明の重合されたビニル―芳香族組成物の製造においては、有益な結果を与えるのは高シス―一、四―ポリブタジェンであり、従って使用されるゴムが高シス―一、四―ポリブタジェンを含有する限り、ゴムーポリスチレン組成物を生成する適宜の既知方法が使用され得ると考えられる。従つて概括的には、高シス―一、四―ポリブタジェンを重合されたビニル―芳香族化合物と混合してもよく、又高シス―一、四―ポリブタジェンと単量体状ビニル―芳香族化合物との混合物を重合して相互重合体を製造してもよい。相互重合体を製造するために高シス―一、四―ポリブタジェンの存在下にスチレンを重合することが望ましい。」(九頁七行から二〇行まで)と記載されていることを認めることができる。これらの記載によれば、本願発明は、高シス―一、四―含量を有するポリブタジェンを使用して高耐衝撃性成型組成物を製造する点に本質的な特徴があり、そのためには、高シス―一、四―ポリブタジェンが組成物に物理的に混合された状態にする方法すなわち混合方法を使用してもよく、また、化学的に共重合して相互重合体を形成する方法、すなわち共重合方法を使用してもよいとするものであることが明らかである。したがつて、それはこの二つの方法を包含する単一の発明であると考えられても無理はないと認められる。

以上認定の本願発明の特許出願形式およびその内容を対比検討すれば、本願発明の要旨は、特許請求の範囲記載のとおりの高耐衝撃性成型組成物の製造方法という一発明であつて、これに混合方法および共重方法という二つの実施態様を含むものであると解するのが相当であり、本件審決の要旨認定に誤りはないというべきである。

三したがつて、本願発明が二発明であることを前提とする原告の本訴請求は、その前提を欠くことになるので、失当として棄却を免れない。よつて、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第一五八条第二項を適用して、主文のとおり判決する。

(古関敏正 石沢健 宇野栄一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例